男子プロゴルファーの内藤寛太郎選手をご存じでしょうか。
2006年にプロ転向して以来、下部ツアーから国内レギュラーツアーまで長く戦い続けてきた内藤選手。2020年には日本オープンで3位に入り、2020~21年シーズンには賞金ランキング40位で初のシード権を獲得しました。
その後、シードを失いながらも再びツアーで結果を残し、2024年には11年ぶりの優勝を達成。
そして2026年には、44歳でレギュラーツアーの「Sansan KBCオーガスタ」で7位タイに入るなど、再び存在感を示しています。
この記事では、内藤寛太郎選手のプロフィールや経歴、過去の主な成績、2026年の最新動向について、公式情報をもとに詳しく紹介します。
内藤寛太郎のプロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 内藤寛太郎(ないとう・ひろたろう) |
| 生年月日 | 1982年5月20日 |
| 年齢 | 44歳 |
| 出身地 | 福島県 |
| 出身校 | 東北福祉大学 |
| 身長 | 172cm |
| 体重 | 77kg |
| 血液型 | O型 |
| ゴルフ開始 | 14歳 |
| プロ転向 | 2006年12月21日 |
| 所属 | ロピア |
内藤選手は福島県出身。14歳からゴルフを始め、東北福祉大学を卒業後、ゴルフ場で研修生として経験を積みました。
現在はロピア所属のプロゴルファーとして、国内男子ツアーおよびACNツアーを中心に活動しています。
※年齢・所属などは2026年9月20日時点のJGTO公式プロフィールを基準としています。
内藤寛太郎はどんな経歴?プロになるまで
内藤選手のゴルフ人生で特徴的なのは、順風満帆なエリートコースだけを歩んできた選手ではないことです。
東北福祉大学のゴルフ部に在籍したものの、学生時代にレギュラーとして試合に出場したのは3年生秋のリーグ戦1試合だったと、JGTOの過去記事で紹介されています。
大学卒業後は栃木県で約1年間研修生を経験。その後、地元・福島県に戻り、郡山市のゴルフショップに勤務しながらミニツアーなどに出場して腕を磨きました。
そして2006年12月21日にツアープレーヤーへ転向。
現在の実績から考えると意外に感じるかもしれませんが、プロとしてのスタートからトップ選手として注目されていたわけではありませんでした。
2008年、チャレンジ初出場でいきなり優勝
内藤選手のキャリアで大きな転機となったのが2008年です。
「静ヒルズトミーカップ」で、チャレンジトーナメント初出場ながら優勝を果たしました。
最終日は首位と1打差の3位からスタートし、8バーディー、1ボギー、1ダブルボギーの「65」をマーク。通算11アンダーまで伸ばして逆転優勝を飾っています。
当時のJGTOは、この活躍を「チャレンジ初出場初優勝」と紹介しています。
ゴルフショップで働きながら競技を続けてきた内藤選手にとって、この優勝はプロとしての存在感を大きく高める出来事となりました。
2020年に日本オープン3位という大舞台で躍進
内藤選手が大きな注目を集めたもう一つの転機が2020年です。
2020年9月の「フジサンケイクラシック」で自己ベストとなる7位に入ると、続く「日本オープンゴルフ選手権競技」では3位タイに入りました。
日本オープンでは、
- 第1ラウンド:70
- 第2ラウンド:68
- 第3ラウンド:70
- 第4ラウンド:69
という安定したスコアで、4日間通算277ストローク、3アンダー。
優勝した稲森佑貴選手、2位の谷原秀人選手に続く3位タイという成績でした。
さらに同年12月には「ゴルフ日本シリーズJTカップ」に初出場。
プロ15年目、38歳で初めて出場資格を得たことも話題になりました。
2020~21年には初の賞金シードを獲得
2020~21年シーズンは、内藤選手にとってキャリアの大きな節目となりました。
賞金ランキング40位に入り、初めて賞金シードを獲得。
JGTOの2021年シーズン総括でも、内藤選手は初シードを獲得した選手として紹介されています。
ただし、そのシード権は長く続きませんでした。
翌2022年にはシードから陥落。その後は再び厳しいツアー競争の中で戦うことになります。
2024年、11年ぶりの優勝
苦しい時期を乗り越えて再び大きな結果を残したのが2024年です。
ACNツアーの「ジャパンクリエイトチャレンジ in 福岡雷山」で優勝。
最終日は70をマークし、3日間通算203ストローク、10アンダーで後続を1打差で振り切りました。
JGTO公式プロフィールでも、この優勝は「11年ぶりの優勝」とされています。
さらに同年は賞金ランキング1位で最終戦を迎えるなど、ACNツアーで存在感を発揮しました。
最終的なランキングは2位でしたが、長くツアーで戦ってきた内藤選手が再び上位争いに戻ってきたことを示すシーズンとなりました。
2026年の内藤寛太郎はどうなっている?
2026年は、内藤選手にとって再びレギュラーツアーでの活躍が期待されるシーズンとなっています。
特に大きな話題となったのが、8月開催の「Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント」です。
内藤選手はこの大会で4日間すべて60台を記録し、7位タイに入りました。
JGTOによると、この大会では新しいパターを投入。
パッティングの改善が好結果につながったと本人が振り返っています。
44歳となった2026年シーズンに、レギュラーツアーでトップ10入りを果たしたことは、現在の内藤選手を語るうえで重要なポイントです。
2026年の主な成績
2026年9月20日時点でJGTO公式サイトに掲載されている主な成績は以下の通りです。
レギュラーツアー
- Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント:7位タイ
- ~全英への道~ミズノオープン:29位タイ
- 関西オープンゴルフ選手権競技:40位タイ
ACNツアー
- ケーダッシュセカンドチャレンジカップ in 茨城:5位タイ
- LANDIC CHALLENGE 13:14位
- i Golf Shaper Challenge in 筑紫ヶ丘:15位
- 住地ゴルフチャレンジトーナメント:23位
また、2026年のツアー公式記録では、平均パットが1.7480で28位となっています。
内藤寛太郎の現在の目標は「シード奪還」
2026年の内藤選手を語るうえで注目したいのが、再び賞金シードを目指している点です。
2026年9月17日にJGTOが公開した記事では、内藤選手が2020~21年以来となる5季ぶりの賞金シード奪還を目指していることが紹介されています。
今季はレギュラーツアーで苦しい戦いも続いていましたが、8月のKBCオーガスタで7位タイに入り、流れを変えるきっかけをつかみました。
さらにANAオープンでは、6バーディー、1ボギーの「67」をマーク。
長年ツアーで戦ってきた経験を持つベテランが、再びシード争いに挑んでいることが現在の大きな注目ポイントです。
内藤寛太郎の魅力は「長く戦い続ける力」
内藤選手のキャリアを振り返ると、一度の大きな優勝だけで語れるタイプのプロではないことが分かります。
2008年のチャレンジ初出場初優勝。
2020年の日本オープン3位。
2020~21年の初シード。
2024年の11年ぶりの優勝。
そして2026年のKBCオーガスタ7位タイ。
シードを失っても競技を続け、再び優勝争いやトップ10に戻ってくる――。
こうしたキャリアの積み重ねこそ、内藤選手の大きな特徴といえるでしょう。
また、2026年のJGTO記事では、新しいパターを投入したことでKBCオーガスタで4日間すべて60台を記録したことも紹介されています。
年齢を重ねながらも用具やプレーを工夫し、結果につなげている点も注目されます。
まとめ
内藤寛太郎選手は、福島県出身のプロゴルファーです。
2006年にプロ転向し、2008年にはチャレンジ初出場初優勝を達成。その後、国内ツアーで経験を積み、2020年には日本オープン3位、さらに2020~21年シーズンには賞金ランキング40位で初のシード権を獲得しました。
一度シードを失った後も競技を続け、2024年には「ジャパンクリエイトチャレンジ」で11年ぶりの優勝。
そして2026年には44歳で「Sansan KBCオーガスタ」7位タイという結果を残しています。
2026年9月現在、内藤選手が目指しているのは、5季ぶりとなる賞金シードの奪還です。
長年の経験を持つベテランが、再びレギュラーツアーの舞台でどこまで結果を伸ばせるのか。今後の成績にも注目したいプロゴルファーの一人です。