張本勲さんは、1959年にプロ野球へ入り、現役時代に通算3085安打を記録した日本を代表する強打者です。
「安打製造機」の異名で知られ、首位打者7回、最高出塁率9回など数々のタイトルを獲得。1980年には、日本プロ野球史上初となる通算3000本安打を達成しました。
この記事では、張本勲さんのプロフィールや現役時代の経歴、輝かしい記録、引退後の活動について、公式資料などをもとに詳しくまとめます。
張本勲のプロフィール

- 名前: 張本勲(はりもと・いさお)
- 生年月日: 1940年6月19日
- 出身地: 広島県
- 職業: 元プロ野球選手、野球解説者・評論家
- 守備位置: 外野手
- 投打: 左投左打
- プロ入り: 1959年
- 最初の所属球団: 東映フライヤーズ
- 通算安打: 3085本
- 通算本塁打: 504本
- 通算打点: 1676打点
- 通算打率: .319
- 主なタイトル: 首位打者7回、最高出塁率9回、最多安打3回、MVP1回、新人王
- 野球殿堂入り: 1990年
張本勲はなぜ「安打製造機」と呼ばれた?
張本勲さんを語るうえで欠かせないのが、卓越したバッティング技術です。
現役時代は、左右に打ち分ける広角打法を得意とし、安定してヒットを積み重ねました。その打撃力は球界でも高く評価され、「安打製造機」という異名につながっています。
特に注目されるのが、首位打者を7回獲得した実績です。
一度だけ首位打者になることも難しいプロ野球で、7度にわたって打率トップに立ったことからも、長期間にわたって高い打撃力を維持していたことが分かります。
さらに最高出塁率は9回、最多安打は3回獲得しており、単にヒットを打つだけではなく、打者として総合的に高い能力を持っていた選手でした。
1980年に史上初の3000本安打を達成
張本勲さんのキャリアで最大の節目となったのが、1980年の通算3000本安打達成です。
当時の日本プロ野球では前例のない大記録であり、張本さんはNPB史上初めて3000本安打の大台に到達した選手となりました。
最終的な通算安打数は3085本。
長いプロ野球の歴史のなかでも突出した数字であり、張本さんが日本球界を代表する安打製造機として評価される大きな理由となっています。
東映フライヤーズから巨人、ロッテへ
張本さんは1959年に東映フライヤーズへ入団しました。
プロ1年目から新人王を獲得すると、その後も強打者として成長。東映・日拓・日本ハムで長く活躍した後、1976年からは巨人へ移籍しました。
さらに1980年からはロッテでプレーし、現役生活の最後まで打撃力を発揮しています。
複数の球団でプレーしながら、通算3085安打、504本塁打、1676打点という成績を残したことは、張本さんの長期的な安定感を物語っています。
1990年に野球殿堂入り
現役引退後も、張本さんの功績は高く評価されました。
1990年には野球殿堂の競技者表彰で殿堂入り。
現役時代に残した数々の記録だけでなく、日本プロ野球史における打者としての功績が認められた形です。
その後は野球解説者・評論家として活動し、現役時代に培った経験をもとに、野球について発言する機会も多くなりました。
張本勲の現役時代のすごさを数字で見ると?
張本さんの実績を数字で整理すると、その偉大さがより分かりやすくなります。
通算3085安打、504本塁打、1676打点、打率.319。
さらに首位打者7回、最高出塁率9回、最多安打3回というタイトル実績があります。
特に通算3000本安打は、単純な打撃技術だけでは達成できません。
長期間にわたって試合に出場し、毎年のように安定した成績を残し続ける必要があります。
その意味でも、張本さんの記録は「一時的に突出した選手」ではなく、長年にわたって高いレベルを維持した打者だったことを示しています。
引退後は野球解説者としても活躍
現役引退後の張本さんは、野球解説者・評論家として活動しました。
現役時代の豊富な経験を背景に、選手のプレーや野球界について率直な意見を述べる姿でも知られています。
選手として3000本を超える安打を放った実績があるだけに、打撃や守備、試合運びなどについての発言には、長年のプロ経験に基づく独自の視点がありました。
現役を終えた後も野球界との関わりを続けたことから、選手としてだけではなく、野球を伝える存在としても長く知られることになりました。
まとめ
張本勲さんは、日本プロ野球史に残る偉大な打者の一人です。
1959年のプロ入りから長年にわたって活躍し、最終的には通算3085安打、504本塁打、1676打点、打率.319という輝かしい数字を残しました。
なかでも大きな功績が、1980年に達成した日本プロ野球史上初の通算3000本安打です。
首位打者7回、最高出塁率9回、最多安打3回、新人王、MVPなど数々のタイトル・表彰歴を持ち、1990年には野球殿堂入りも果たしています。
「安打製造機」と呼ばれた卓越した打撃技術と、長年にわたって安定した成績を残した実績は、現在でも張本勲さんが日本プロ野球を代表する打者として語り継がれる大きな理由といえるでしょう。