北海道文化放送(UHB)のアナウンサーとして活躍する柴田祐里菜さん。
明るいキャラクターやスポーツへの関心の高さでも注目されていますが、実は父親が元プロ野球選手だったことをご存じでしょうか。
柴田祐里菜さんの父親は、元プロ野球投手の柴田佳主也(しばた・かずや)さんです。
柴田佳主也さんは近鉄、日本ハム、阪神、ダイエーでプレーし、2003年には阪神のリーグ優勝も経験した左腕です。
さらに、プロ野球では珍しい記録も持っています。
この記事では、柴田祐里菜さんの父親・柴田佳主也さんについて、プロフィールや現役時代の経歴、阪神時代、そして引退後の現在について詳しく紹介します。
柴田祐里菜の父親は柴田佳主也
柴田祐里菜さんの父親は、元プロ野球選手の柴田佳主也さんです。
2021年4月のデイリースポーツの記事では、柴田祐里菜さんについて「元プロ野球選手の娘」と紹介され、父親の佳主也さんについても詳しく取り上げられています。
記事によると、柴田佳主也さんは兵庫県立明石高校から社会人野球の阿部企業を経て、1990年度ドラフト4位で近鉄に入団した左投手です。
また、柴田祐里菜さん自身も阪神ファンとして知られており、父親が阪神に在籍していたことから、野球との縁が深い家庭だったことがうかがえます。
柴田佳主也のプロフィール

柴田佳主也さんのプロフィールをまとめると、以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 柴田佳主也(しばた・かずや) |
| 生年月日 | 1968年3月16日 |
| 投打 | 左投左打 |
| 身長 | 176cm |
| 体重 | 75kg |
| 出身 | 兵庫県 |
| 高校 | 明石高校 |
| 社会人 | 阿部企業 |
| ドラフト | 1990年度ドラフト4位 |
| ポジション | 投手 |
NPB公式プロフィールでも、生年月日は1968年3月16日、身長176cm、体重75kg、経歴は「明石高-阿部企業」と確認できます。
柴田佳主也はどんなプロ野球選手だった?
柴田佳主也さんは、主にリリーフ投手として活躍した左腕です。
1990年度ドラフト4位で近鉄に入団しましたが、プロ入り直後から順調だったわけではありません。
1軍での登板が本格化したのは1995年からで、その後は左のリリーフとしてチームを支えました。
特に近鉄時代には貴重な中継ぎ投手として活躍しています。
その後、
近鉄 → 日本ハム → 阪神 → ダイエー
と4球団を渡り歩き、2004年まで現役生活を続けました。
NPB公式記録でも、柴田さんの所属球団と年度別成績を確認できます。
阪神タイガースにも在籍していた
柴田佳主也さんが柴田祐里菜さんの父親として特に注目される理由の一つが、阪神タイガースでプレーしていたことです。
柴田さんは2003年に阪神へ移籍。
この年の阪神は18年ぶりのリーグ優勝を果たしており、柴田さんもその優勝メンバーの一人でした。
阪神公式の球団史によると、2003年の柴田佳主也さんは9試合に登板し、1勝0敗、防御率1.50という成績を残しています。
つまり、柴田祐里菜さんの父親は、2003年の阪神優勝を経験した元プロ野球投手ということになります。
柴田祐里菜さんが阪神ファンとして知られている背景にも、父親の存在が関係しているのかもしれません。
珍しいプロ野球記録も持っている
柴田佳主也さんには、もう一つ非常に興味深い記録があります。
それが、235試合連続で登板機会に敗戦投手とならなかった記録です。
1997年5月14日のダイエー戦で、柴田さんはわずか1球で敗戦投手になるという珍しい経験をしました。
ところが、その翌登板から現役引退まで、登板機会で敗戦投手にならない試合が235試合続きました。
デイリースポーツも、この記録をプロ野球記録として紹介しています。
リリーフ投手だからこそ生まれた、非常に珍しい記録といえるでしょう。
柴田佳主也のプロ通算成績は?
柴田佳主也さんのプロ通算成績は、
259試合登板、4勝1敗、1セーブ、防御率3.57
です。
しかも259試合すべてがリリーフ登板でした。
長いプロ生活の中で先発ではなく、救援投手としてチームを支え続けたことが特徴です。
NPB公式サイトでも柴田佳主也さんの年度別投手成績が掲載されています。
柴田佳主也は2004年に現役引退
柴田佳主也さんは、近鉄、日本ハム、阪神、ダイエーと4球団でプレーした後、2004年に現役を引退しました。
プロ生活は14年間に及びました。
4球団を経験しただけでなく、戦力外通告を受けながらも入団テストなどを経て現役を続けたことでも知られています。
2021年にデイリースポーツが掲載したインタビューでは、4年連続で戦力外通告を受けながらプロ野球界で生き残った経験について語っていました。
柴田佳主也の現在は?
では、現役を引退した柴田佳主也さんは現在何をしているのでしょうか。
2021年12月のデイリースポーツの記事では、柴田さんはスポーツデポ天王寺店のベースボールアドバイザーとして働いていると紹介されています。
さらに休日には、近大泉州のコーチを務めていたことも報じられています。
プロ野球選手を引退した後も、野球に関わる仕事を続けていたことが分かります。
一方で、2026年現在の勤務先や活動について、信頼できる最新情報は確認できませんでした。
そのため、「現在もスポーツデポで働いている」「現在も同じ高校のコーチをしている」といった断定は避けるのが適切でしょう。
柴田祐里菜も野球に関わる仕事へ
父親が元プロ野球選手というだけでなく、柴田祐里菜さん自身も野球との関わりが深い人物です。
2021年にはサンテレビガールズのメンバーに選ばれ、当時の記事では「将来の夢は野球中継のインタビュアー」と語っていました。
その後、2023年に北海道文化放送(UHB)へ入社。
2026年の記事でも、UHBアナウンサーとして「いっとこ!」のリポーターなどを務めていることが紹介されています。
父親がプロ野球選手、娘もスポーツや野球に関わるアナウンサーということで、親子ともに野球との縁が深いことが分かります。
まとめ|柴田祐里菜の父は元プロ野球選手だった
今回は、柴田祐里菜さんの父親・柴田佳主也さんについて紹介しました。
柴田佳主也さんは、
- 1990年度ドラフト4位で近鉄に入団
- 左投左打のリリーフ投手
- 近鉄、日本ハム、阪神、ダイエーでプレー
- 2003年に阪神のリーグ優勝を経験
- プロ通算259試合に登板
- 通算4勝1敗1セーブ、防御率3.57
- 235試合連続で登板機会に敗戦投手とならなかった記録を持つ
- 2004年に現役引退
- 2021年時点ではスポーツデポのベースボールアドバイザーなどとして活動
という経歴を持っています。
特に注目したいのは、「柴田祐里菜の父親」というだけではなく、本人も14年間プロ野球でプレーし、2003年阪神優勝を経験した投手だったという点です。
また、引退後も野球に関わる仕事を続けていたことから、現役を退いた後も野球とのつながりを大切にしていることがうかがえます。
柴田祐里菜さん自身もスポーツや野球に関わる活動を続けており、父娘それぞれの形で野球に携わっている点も興味深いところです。