俳優として数々の話題作に出演し、モデルとしても存在感を放ってきた竜星涼さん。
近年も映画やドラマ、舞台など幅広い分野で活躍しているだけに、「竜星涼さんはどんな環境で育ったの?」「子どもの頃はどんな少年だった?」「なぜ俳優になったの?」と、生い立ちに注目する人も少なくありません。
実は竜星涼さんは、もともと俳優を目指していたわけではありませんでした。
小学生から中学生にかけてはサッカーに打ち込み、高校時代にはパティシエを目指していたという意外な過去があります。
そんな将来像が大きく変わったきっかけが、高校時代に原宿・竹下通りで受けたスカウトでした。
この記事では、竜星涼さん本人のインタビューや所属事務所の公式情報などをもとに、幼少期から学生時代、家族について確認できる情報、そして芸能界入りまでの流れを時系列で整理します。
竜星涼のプロフィール
まずは現在公開されている基本プロフィールを確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 竜星涼(りゅうせい りょう) |
| 生年月日 | 1993年3月24日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 183cm |
| 血液型 | A型 |
| 所属事務所 | 研音 |
所属事務所の公式プロフィールでも、1993年3月24日生まれ、東京都出身、身長183cm、血液型A型と紹介されています。
現在では俳優として知られる竜星涼さんですが、学生時代から「将来は俳優になる」と決めていたわけではありません。
むしろ、生い立ちをたどると、スポーツ、ものづくり、そしてパティシエへの憧れなど、現在の仕事とは一見違う方向に興味を持っていたことが分かります。
竜星涼はどんな少年だった?
小学生から中学までサッカーに熱中
竜星涼さんの少年時代を語るうえで欠かせないのが、サッカーです。
本人のインタビューによると、小学校から中学までサッカーを続けていました。
さらに、2019年には、女子サッカー日本代表として活躍した岩渕真奈さんと小学生時代に同じチームでプレーしていたことも明かしています。
岩渕さんはその後、女子サッカー界を代表する選手へと成長しました。
竜星さん自身も当時について、岩渕さんにはかなわなかったという趣旨の振り返りをしており、少年時代から身近なところに高いレベルのサッカー選手がいたことが分かります。
つまり竜星涼さんの幼少期は、現在の華やかな芸能界とはかなり違い、スポーツに打ち込む少年だったと言えそうです。
バスケットボールにも興味があった
実は、サッカーだけが好きだったわけではありません。
本人はインタビューで、バスケットボールも好きだったと語っています。
中学校にはバスケットボール部がなかったため、サッカーを続けることになりましたが、高校では念願だったバスケットボール部に入部しています。
ただし、高校では芸能活動なども始まり、部活動を続けることはできなかったそうです。
こうしたエピソードを見ると、竜星涼さんは幼い頃から特定の一つの道だけを突き進んでいたというより、スポーツなどさまざまなことに興味を持っていたタイプだったことがうかがえます。
竜星涼は高校時代にパティシエを目指していた?
ここは竜星涼さんの生い立ちで、特に興味深いポイントです。
現在の俳優という職業からは想像しにくいですが、高校時代の竜星さんはパティシエを目指していたと本人が明かしています。
きっかけの一つになったのが、子どもの頃に見ていたドラマ『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』でした。
ただ、単純に「ケーキが好きだったから」というわけではありません。
本人によれば、お菓子そのもののおいしさだけではなく、ケーキを美しく仕上げることや、造形的な部分に魅力を感じていたそうです。
これは現在の竜星涼さんの表現者としての仕事を考えると、興味深い共通点があります。
俳優とパティシエは職業としてはまったく違いますが、「自分の感覚を使って、美しいものを形にする」という部分には共通するものがあります。
実際、本人はパティシエになるために専門学校へ進み、フランス留学まで考えていたと語っています。
つまり、この時点では「俳優・竜星涼」という未来は、本人の中でもまだ現実的な選択肢ではなかったのです。
竜星涼が芸能界入りしたきっかけは?
原宿・竹下通りでスカウト
竜星涼さんの人生を大きく変えたのが、高校時代のスカウトでした。
本人の複数のインタビューによると、高校2年生の頃、原宿の竹下通りでスカウトされたことが芸能界入りのきっかけになっています。
しかも、もともと芸能界を目指して原宿へ行ったわけではありません。
当時は美容院へ向かう途中で、たまたま竹下通りを歩いていたところ、現在の所属事務所である研音から声をかけられたと本人が振り返っています。
さらに興味深いのが、スカウトされた時点でも「俳優になりたい」という明確な夢を持っていなかったことです。
本人は、テレビやドラマを見ることは好きだったものの、自分がテレビの中に入る側になるとは考えていなかったと話しています。
まさに偶然の出会いが、その後の人生を大きく変えたことになります。
スカウトされた当時、竜星涼はどう感じていた?
突然スカウトされたからといって、すぐに「俳優になろう」と決意したわけではありません。
竜星さんは当時、俳優という仕事を自分の職業として具体的に考えていなかったと明かしています。
一方で、スカウト時にもらった名刺には、研音所属の先輩俳優だった反町隆史さんや竹野内豊さんの名前があったそうです。
竜星さんは当時『ビーチボーイズ』のファンだったこともあり、「この世界に入ったら、そんな俳優に会えるのだろうか」という好奇心を持ったことを振り返っています。
このあたりからも、最初から周到に芸能界を目指していたというより、思いがけないきっかけから新しい世界へ踏み出したことが分かります。
竜星涼はいつ俳優デビューした?
スカウトをきっかけに芸能活動を始めた竜星涼さんは、2010年にフジテレビ系ドラマ『素直になれなくて』で俳優デビューしました。
当時はまだ高校生。
所属事務所の当時のインタビューでも、ドラマ初出演について「所属したばかりだったので、こんなに早くドラマの依頼が来るとは思わなかった」という趣旨のコメントをしています。
つまり、
スポーツ少年
↓
パティシエ志望
↓
原宿でスカウト
↓
芸能界へ
↓
高校生で俳優デビュー
という、かなり大きな方向転換を経験したことになります。
竜星涼は「俳優になるために育った」わけではなかった
ここまでの生い立ちを整理すると、竜星涼さんの特徴がより見えてきます。
幼少期はサッカーに熱中。
中学でもサッカーを続け、高校ではバスケットボールにも挑戦。
そして高校時代には、パティシエという別の夢を持っていました。
その一方で、ドラマを見ることは昔から好きだったそうです。
つまり「芸能界に入りたい」という一直線の人生ではなく、別の夢を持っていたところへ、偶然スカウトが舞い込んできたというのが、竜星涼さんの大きな転機だったと言えます。
本人も後年のインタビューで、スカウトされていなければ現在の仕事をしていなかっただろうと振り返っています。
竜星涼の家族構成は?
竜星涼さんの「家族」については、ネット上にさまざまな情報があります。
特に父親や母親、兄弟について詳しく紹介する記事もありますが、ここは注意が必要です。
現在確認できる本人・所属事務所などの比較的信頼性の高い情報だけを見ると、家族の詳細については広く公式に公表されている情報が多いわけではありません。
そのため、
- 父親の職業
- 母親の職業
- 家族の詳しい経歴
- 実家の具体的な事情
などについては、ネット上の情報だけを根拠に断定するのは避けたほうがよいでしょう。
一部のトレンドブログでは「母子家庭」「一人っ子」などの情報も掲載されていますが、記事によって情報源や表現が異なります。
トレンド記事としては、こうした部分を無理に断定するより、本人が語った幼少期や学生時代、芸能界入りの経緯を中心に構成するほうが信頼性を高められます。
竜星涼の生い立ちから見える「美」へのこだわり
竜星涼さんの生い立ちを調べると、意外な共通点があります。
それが「美しいものへの関心」です。
子どもの頃からドラマに親しみ、高校時代にはパティシエを目指していました。
しかも、ケーキの味だけではなく、その造形や美しさに惹かれていたと本人は話しています。
さらに、幼少期には高い場所から景色を見ることが好きだったとも語っています。
高い場所から見た景色に「美」を感じる感覚があり、匂いや景色から子どもの頃の記憶を思い出すこともあると話しています。
こうした感性は、後の俳優・モデルとしての活動にもつながっているのかもしれません。
竜星涼はモデルとしても活躍
俳優としてデビューした竜星涼さんですが、その活動は演技だけにとどまりません。
モデルとしても活動し、2016年・2017年にはパリ・コレクションに2年連続で出演しています。
本人も、俳優とは違う表現の場としてモデル活動を経験してきたことを語っています。
幼少期から「美しいもの」に関心を持ち、パティシエという「美しいものを作る仕事」に憧れていた少年が、後に俳優やモデルとして表現する側になったと考えると、非常に興味深い流れです。
竜星涼が俳優として大きく飛躍した作品は?
2010年にドラマデビューした後、竜星涼さんの知名度を大きく押し上げた作品の一つが、2013年から2014年に放送された『獣電戦隊キョウリュウジャー』です。
竜星さんは桐生ダイゴ/キョウリュウレッド役を務めました。
その後も映画、ドラマ、舞台と活動の幅を広げ、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』『ちむどんどん』などにも出演。
さらに劇団☆新感線の舞台などにも出演し、俳優として経験を積んでいきました。
2026年現在も、映画『トイ・ストーリー5』で日本版声優を務めるなど、俳優以外の表現にも活動の幅を広げています。
20代前半には俳優として悩んだ時期も
華々しいキャリアを歩んできたように見える竜星涼さんですが、本人によると、20代前半には「自分は本当に俳優に向いているのか」と悩んだ時期もあったそうです。
俳優は自分の演技が評価される仕事だからこそ、自分の実力が世間に認められているのか不安を感じていたと語っています。
そんな中で転機になった作品の一つが、劇団☆新感線の『修羅天魔~髑髏城の七人 Season極』。
共演した天海祐希さんから評価されたことが、自信につながったと本人は振り返っています。
このエピソードからも、スカウトされて芸能界に入ったからといって、すべてが順風満帆だったわけではないことが分かります。
竜星涼の生い立ちを時系列でまとめると?
最後に、幼少期から現在までの流れを簡単に整理します。
小学生時代
サッカーに熱中。岩渕真奈さんと同じチームでプレーしていたことも本人が明かしています。
中学生時代
サッカーを継続。バスケットボールにも興味を持っていましたが、当時通っていた中学校にはバスケットボール部がなく、サッカーを続けました。
高校時代
バスケットボール部に入部。一方で、将来はパティシエになることも考え、フランス留学まで視野に入れていました。
高校2年生ごろ
原宿・竹下通りでスカウトされ、芸能界へ進むきっかけをつかみます。
2010年
フジテレビ系『素直になれなくて』で俳優デビュー。
2013~2014年
『獣電戦隊キョウリュウジャー』で桐生ダイゴ/キョウリュウレッドを演じ、知名度を高めます。
2016~2017年
パリ・コレクションに2年連続で出演。俳優だけでなくモデルとしても活動の幅を広げました。
その後
映画・ドラマ・舞台など幅広い作品に出演し、現在も俳優として活動しています。
まとめ|竜星涼の生い立ちは「偶然」が大きな転機だった
竜星涼さんの生い立ちを調べてみると、最初から俳優を目指していた人物ではなかったことが分かります。
幼少期から中学時代はサッカーに熱中し、高校ではバスケットボールにも挑戦。
そして将来の夢として考えていたのは、意外にもパティシエでした。
そんな竜星涼さんの人生を大きく変えたのが、高校時代に原宿・竹下通りで受けたスカウトです。
本人も、スカウトされていなければ今の仕事をしていなかっただろうと振り返っています。
つまり竜星涼さんの生い立ちを一言で表すなら、
「別の夢を追いかけていた少年が、偶然のスカウトをきっかけに俳優への道へ進んだ人生」
と言えるでしょう。
パティシエへの憧れ、スポーツ少年としての経験、そして「美しいもの」へのこだわり。
こうした幼少期からの経験が、現在の俳優・モデルとしての表現力につながっているのかもしれません。
今後、竜星涼さんがどのような作品で新しい一面を見せてくれるのかにも注目したいところです。