日本のロックシーンを語るうえで欠かせないバンドのひとつがA.R.B.です。
そのA.R.B.でギタリストとして活躍し、バンドのサウンドに新たな魅力を加えた人物が白浜久さんです。
A.R.B.での活動だけでなく、ソロアーティストや音楽プロデューサーとしても数多くの実績を残しており、近年も精力的に音楽活動を続けています。
今回は、白浜久さんのプロフィールや経歴、現在の活動についてまとめました。
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白浜久のプロフィール

- 名前:白浜 久(しらはま ひさし)
- 出身地:福岡県
- 職業:ギタリスト、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、作曲家
- 主な活動:A.R.B.元ギタリスト、ソロアーティスト
- 出身大学:西南学院大学文学部外国語学科卒業
白浜さんは大学卒業後、法務教官として少年院に勤務するという異色の経歴を持っています。その後、音楽への思いを貫き、本格的な音楽活動へ転身しました。
A.R.B.加入で注目を集める
1985年にビクターからソロデビューを果たした白浜さんは、その後A.R.B.へ加入しました。
当時、斉藤光浩さんの後任ギタリストとして迎えられ、1986年から1990年までバンドで活動しています。
A.R.B.在籍中は4枚のスタジオアルバムに参加し、力強いギタープレイだけでなく、キーボードやシンセサイザーも取り入れた幅広いサウンドメイクでバンドの音楽性を広げました。
作曲やアレンジにも携わるなど、演奏者としてだけではなくクリエイターとしても存在感を発揮しています。
ソロ活動と音楽プロデューサーとしての実績
A.R.B.脱退後はソロアーティストとして活動を続ける一方、音楽プロデューサーとしても高い評価を得ています。
代表的な仕事として知られているのが、福山雅治さんのデビューアルバム『伝言』のプロデュースです。
そのほかにもUNICORNをはじめ、多くのアーティストの作品制作や楽曲提供に携わり、日本の音楽シーンを支えてきました。
ギタリストとしてだけではなく、「音楽を作る人」として長年活躍していることも白浜さんの大きな魅力です。
少年院勤務の経験を生かした講演活動
白浜さんの経歴で特に印象的なのが、音楽活動以前に少年院で法務教官を務めていたことです。
この経験を生かし、全国で講演活動も行っています。
音楽だけではなく、若者の成長や人生について語る機会も多く、教育や社会貢献の分野でも注目されています。
こうした幅広い活動は、多くの人から支持される理由の一つとなっています。
海外でも評価されるソングライター
近年は海外のソングライティング・コンテストにも積極的に挑戦しています。
AI Song ContestやUK Song Contestなどで入賞・高評価を獲得するなど、日本国内だけでなく海外でもその音楽性が認められています。
現在も「H. Shirahama Project」としてライブ活動や音楽制作を継続しており、新しい作品づくりにも取り組んでいます。
長年にわたり第一線で活動を続ける姿勢は、多くの音楽ファンから高く評価されています。
まとめ
白浜久さんは、A.R.B.の元ギタリストとして知られるだけでなく、ソロアーティスト、音楽プロデューサー、作曲家として幅広い実績を持つミュージシャンです。
大学卒業後に法務教官として勤務した異色の経歴を経て音楽の世界へ飛び込み、A.R.B.ではバンドのサウンドを支える重要な役割を担いました。
その後も福山雅治さんのデビューアルバムをはじめとする数多くの作品制作に携わり、国内外で高い評価を受けています。
現在もライブ活動や音楽制作を続けながら、新たな挑戦を続ける白浜久さん。今後の活動にも引き続き注目が集まりそうです。