冬季パラリンピックで圧倒的な強さを誇る日本のトップアスリートといえば、パラアルペンスキー選手の村岡桃佳さんです。
平昌パラリンピックでは5個のメダル、北京パラリンピックでは金メダル3個を獲得し、日本のパラスポーツ界を代表する存在として知られています。
さらに、スキーだけでなく陸上競技にも挑戦した「夏冬二刀流」のアスリートとしても注目されました。
この記事では、
- 村岡桃佳さんのプロフィール
- 障害や競技を始めたきっかけ
- これまでの経歴とメダル実績
- 2026年パラリンピックへの挑戦
について、わかりやすくまとめて解説します。
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村岡桃佳のプロフィール

まずは基本的なプロフィールを見てみましょう。
基本プロフィール
- 名前:村岡桃佳(むらおか ももか)
- 生年月日:1997年3月3日
- 年齢:29歳(2026年時点)
- 出身地:埼玉県深谷市
- 競技:パラアルペンスキー(座位)
- 所属:トヨタ自動車
パラアルペンスキーは、チェアスキーと呼ばれる専用のスキーを使って滑走する競技で、スピードと高度なテクニックが求められるスポーツです。
村岡選手はその中でも世界トップクラスの実力を持つ選手として知られています。
村岡桃佳の障害とは?
村岡桃佳さんは、幼い頃に発症した病気が原因で下半身に麻痺が残りました。
4歳で発症した脊髄の病気
4歳のときに横断性脊髄炎と呼ばれる病気を発症し、下半身に麻痺が残りました。
その影響で現在は車いすで生活しています。
しかし、その後スポーツと出会い、人生が大きく変わることになります。
チェアスキーとの出会い
小学校3年生のとき、家族の勧めでチェアスキーを体験。
スピード感のある競技の魅力に惹かれ、本格的にスキーを始めました。
中学生になる頃には競技レベルも大きく向上し、将来の日本代表候補として注目される存在になります。
村岡桃佳の経歴まとめ
村岡選手は若くして世界大会に出場し、着実に実績を積み重ねてきました。
ソチパラリンピック(2014)
17歳でパラリンピック初出場。
大回転で5位入賞を果たし、日本の若手有望選手として注目されました。
当時はまだ高校生でしたが、世界のトップ選手と互角に戦える実力を見せています。
平昌パラリンピック(2018)
村岡選手が一気に世界トップへと躍り出た大会です。
この大会では
- 金メダル:1個
- 銀メダル:2個
- 銅メダル:2個
合計5個のメダルを獲得しました。
特に女子大回転での金メダルは、日本の冬季パラスポーツ界でも大きな話題となりました。
北京パラリンピック(2022)
北京大会では日本代表の主将を務め、チームを牽引。
さらに
- 金メダル:3個
- 銀メダル:1個
という圧倒的な成績を残しました。
滑降・スーパー大回転・大回転の3種目で金メダルを獲得し、日本を代表するパラアスリートとしての地位を確立しました。
陸上との“夏冬二刀流”にも挑戦
村岡選手のすごいところは、スキーだけではありません。
実は一時期、パラ陸上競技にも挑戦していました。
パラ陸上100mに挑戦
2019年頃から車いす陸上の短距離種目にも取り組み、
東京パラリンピックでは100m(T54クラス)に出場。
冬季競技と夏季競技の両方に挑戦する「二刀流アスリート」として注目されました。
現在はスキーに専念
その後はアルペンスキーに再び集中し、世界大会やワールドカップで活躍を続けています。
最新ニュース|2026年パラリンピックへの挑戦
現在、村岡桃佳選手の最大の目標は2026年冬季パラリンピックです。
合宿中のケガから復帰へ
2025年の合宿中に転倒し、鎖骨を骨折するアクシデントがありました。
しかし手術とリハビリを経て、現在は競技復帰に向けてトレーニングを続けています。
3大会連続金メダルへの期待
平昌、北京と金メダルを獲得してきた村岡選手。
次の大会でも
「3大会連続の金メダル」
という偉業が期待されています。
日本のパラスポーツ界を代表するエースとして、今後の活躍にも注目が集まっています。
まとめ|村岡桃佳は日本パラスポーツの象徴的存在
村岡桃佳選手は、日本を代表するパラアルペンスキー選手です。
この記事のポイントをまとめると
- 4歳で脊髄の病気を発症し下半身に麻痺
- チェアスキーと出会い競技を開始
- 平昌パラリンピックでメダル5個獲得
- 北京パラリンピックで金メダル3個
- 陸上競技にも挑戦した「夏冬二刀流」
- 2026年パラリンピックでも金メダル候補
若くして世界トップレベルに登りつめた村岡選手。
次のパラリンピックでどんな活躍を見せてくれるのか、今後も目が離せません。