元衆議院議員の宮沢博行氏が、2026年6月に政治団体「創生党」を立ち上げ、再び政治活動を本格化させています。
宮沢氏といえば、自民党所属時代に防衛副大臣などを歴任した一方、2024年には女性問題を理由に議員辞職。その後、同年の衆議院選挙に無所属で立候補したものの落選するなど、波乱の政治人生を歩んできた人物です。
そんな宮沢氏が、なぜ再び政治の舞台に戻ってきたのでしょうか。
この記事では、宮沢博行氏の経歴や政治家としての歩み、議員辞職に至った経緯、2026年に結成した「創生党」の政策、そして今後の政治活動について、確認できる情報をもとに整理します。
宮沢博行のプロフィール

まずは宮沢博行氏の基本プロフィールを見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 宮澤博行(みやざわ・ひろゆき) |
| 生年月日 | 1975年1月10日 |
| 年齢 | 51歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 静岡県磐田郡龍山村 |
| 出身大学 | 東京大学法学部 |
| 職業 | 政治家、元衆議院議員 |
| 衆議院議員 | 4期 |
| 選挙区 | 静岡3区など |
| 主な役職 | 防衛大臣政務官、防衛副大臣など |
| 現在 | 政治団体「創生党」代表 |
生年月日や出身地、東京大学法学部卒業、衆議院議員としての当選歴などは、首相官邸の公式プロフィールでも確認できます。
宮沢博行の経歴|地方議員から国政へ
宮沢氏は、いきなり国会議員になったわけではありません。
東京大学法学部を卒業した後、地方政治の世界に入り、磐田市議を経験。その後、2012年の第46回衆議院議員総選挙で初当選しました。
その後も、
- 2012年:衆議院議員に初当選
- 2014年:2期目
- 2016年:防衛大臣政務官兼内閣府大臣政務官
- 2017年:3期目
- 2021年:4期目
- 2023年:防衛副大臣兼内閣府副大臣
とキャリアを積み重ねています。
特に防衛・安全保障分野での活動が目立ち、自民党内では旧安倍派に所属していました。
首相官邸のプロフィールによると、2023年9月には防衛副大臣兼内閣府副大臣に就任しています。
地方議員からスタートして国政へ進み、最終的には副大臣まで務めたことを考えると、宮沢氏はもともと政治家として一定のキャリアを築いていた人物といえるでしょう。
宮沢博行はなぜ議員辞職した?
宮沢氏の名前が全国的に大きく報じられるようになった転機の一つが、2024年です。
当時、自民党の派閥による政治資金問題が大きな問題となっていました。
宮沢氏自身も旧安倍派に所属しており、政治資金をめぐる問題について報道で発言するなど、注目を集めていました。
その後、2024年4月には女性問題が報じられ、自民党を離党。4月25日には衆議院議員の辞職が正式に許可されました。
この時点で、宮沢氏は国会議員としてのキャリアをいったん終えることになります。
ただし、政治活動そのものから引退したわけではありませんでした。
2024年衆院選に無所属で再出馬
議員辞職後の宮沢氏は、政治家として再起を目指します。
2024年9月には、次の衆議院選挙に静岡3区から無所属で立候補することを表明しました。
出馬会見では、これまでの経験を生かして地元に貢献したいとの考えを示し、自身の選挙を「みそぎ」と位置づける趣旨の発言もしています。
そして2024年10月の衆院選では、無所属候補として静岡3区から出馬。
しかし、結果は当選に届きませんでした。
報道によると、宮沢氏は約3万8千票を獲得したものの3位となり、国政復帰は実現しませんでした。
宮沢博行は現在何をしている?
では、2026年現在、宮沢氏は何をしているのでしょうか。
大きな動きとなったのが、2026年6月の「創生党」結成です。
宮沢氏は6月1日、国会内で記者会見を開き、自身が代表を務める政治団体「創生党」を立ち上げたことを発表しました。
2024年の衆院選で落選してから約1年半。
再び政治団体の代表という立場で政治活動を本格化させたことで、宮沢氏の名前が改めて注目されるようになっています。
創生党とは?宮沢博行が掲げる政策
創生党は、宮沢氏が代表を務める保守系の政治団体です。
2026年6月の設立会見で示された主な政策には、
- 所得税減税
- インフラ整備
- 積極財政
- 外国人犯罪への対策
- 防衛・安全保障の強化
などがあります。
FNNの報道では、創生党について「積極財政」を基本政策の一つとし、外国人犯罪の取り締まりや自衛隊の積極的な海外派遣なども重要政策として掲げていると報じられています。
また、宮沢氏は地方選挙への候補者擁立を進める方針を示しています。
つまり、創生党は単なる政治活動の再開ではなく、地方政治から勢力を広げ、将来的な国政進出を視野に入れた動きと見ることができます。
宮沢博行は国政復帰を目指している?
結論からいうと、宮沢氏は国政復帰への意欲を明確に示しています。
創生党の設立会見では、将来的に自身が国政に挑戦することについて「責務」とする趣旨の発言をしています。
2024年の衆院選で一度は敗れたものの、政治活動を終えるのではなく、新たな政治団体を立ち上げるという道を選んだことになります。
ここは、宮沢氏を現在知るうえで重要なポイントです。
「元国会議員」という過去だけを見ると、すでに政治の第一線から退いた人物のようにも見えます。
しかし実際には、2026年現在も政治団体の代表として活動し、地方選挙への候補者擁立や将来的な国政復帰を目指しています。
宮沢博行が再び注目されている理由
宮沢氏が2026年に再び注目されている背景には、大きく3つの理由があります。
1.元防衛副大臣という政治キャリア
宮沢氏は衆議院議員を4期務め、防衛大臣政務官や防衛副大臣などを歴任しました。
特に安全保障分野での経験は、現在の創生党が掲げる政策ともつながっています。
2.議員辞職からの政治活動再開
2024年に議員辞職し、同年の衆院選でも落選。
そこから政治活動を立て直し、2026年には自ら政治団体を立ち上げました。
一度国会を離れた政治家が、どのように支持を再構築していくのかという点でも注目されています。
3.「創生党」という新たな政治勢力
現在の宮沢氏を語るうえで、最も重要なのが創生党です。
既存政党への復帰ではなく、自ら新しい政治団体を立ち上げたことで、今後どこまで勢力を拡大できるのかが焦点になります。
宮沢博行の政治家としての特徴
宮沢氏の政治家としての特徴は、地方政治から国政へ進み、防衛・安全保障分野で経験を積んできたことです。
一方で、2024年には政治資金問題や女性問題をめぐって大きく批判を受け、議員辞職に至りました。
その後、無所属で国政復帰を目指したものの、2024年衆院選では落選。
それでも政治活動を終えることなく、2026年に創生党を結成しました。
この経歴を見ると、宮沢氏の現在を理解するうえでは「元自民党議員」という肩書きだけでなく、一度国政から離れた後に、独自の政治勢力を作ろうとしている人物という側面を見ることが重要です。
宮沢博行の今後に注目
2026年現在、宮沢博行氏は「元衆議院議員」という立場から、政治団体「創生党」の代表へと活動の軸を移しています。
今後のポイントは、
- 創生党がどこまで候補者を増やせるのか
- 地方選挙でどの程度の支持を得られるのか
- 宮沢氏自身がいつ、どの選挙で国政復帰を目指すのか
- 保守層の中でどのような立ち位置を築くのか
といった点でしょう。
2024年の議員辞職と衆院選落選を経て、2026年には新たな政治団体を立ち上げた宮沢氏。
政治家として再び国政の舞台に戻れるのか、それとも地方政治を中心に勢力を広げていくのか。
今後の「創生党」の活動とあわせて、引き続き注目される人物といえそうです。