元プロ野球選手の小島弘務(こじま・ひろむ)さんをご存じでしょうか。
小島さんは、1990年のドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受けた右腕です。
平安高校、駒澤大学、住友金属を経てプロ入りし、中日ドラゴンズや千葉ロッテマリーンズでプレーしました。
現役引退後は指導者の道へ進み、大学や高校の野球部で選手の育成に携わっています。
この記事では、小島弘務さんのプロフィールから現役時代の経歴、プロ野球での成績、引退後の指導者としての活動まで、確認できる情報をもとに整理します。
小島弘務のプロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小島弘務(こじま・ひろむ) |
| 生年月日 | 1967年10月30日 |
| 年齢 | 58歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 京都府 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 右投右打 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 82kg |
| 出身高校 | 平安高校 |
| 大学 | 駒澤大学 |
| 社会人 | 住友金属 |
| プロ入り | 1990年ドラフト1位 |
| 指名球団 | 中日ドラゴンズ |
※年齢は2026年8月7日時点。
小島弘務はどんな選手だった?
小島弘務さんは、京都の名門・平安高校で野球を学び、駒澤大学を経て社会人野球の住友金属でプレーしました。
その後、1990年のドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受け、プロ野球の世界へ進みます。
プロ入り後は中日で先発とリリーフの双方を経験。1998年からは千葉ロッテマリーンズでもプレーしました。
NPBの公式記録によると、1991年から1999年まで中日、ロッテの2球団に在籍しています。
プロ入りまでには異例の経緯も
小島さんの野球人生を語るうえで特徴的なのが、プロ入り前の経緯です。
大学中退後、住友金属でプレーしていた小島さんは、西武ライオンズからドラフト外で獲得される形となりました。
しかし、大学中退をめぐる野球協約上の問題から契約が無効となり、プロ入りを一度見送ることになります。
その後、1年間の浪人を経験。
そして1990年のドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受け、改めてプロ野球選手となりました。
一度はプロ入りの道を断たれながら、再びドラフト1位でチャンスをつかんだという点は、小島さんの経歴の中でも特に印象的なエピソードです。
中日ドラゴンズでは先発・リリーフを経験
中日に入団した小島さんは、投手としてプロの舞台を経験します。
先発だけでなくリリーフとしても起用され、さまざまな役割を担いました。
その後、1998年には千葉ロッテマリーンズへ移籍。
複数球団でプレーした後、1999年まで現役生活を続けました。
小島さんはプロ野球選手として長く活躍した後、現役引退を決断。
しかし、野球界から離れるのではなく、次のステージとして「指導者」の道を歩むことになります。
引退後は大学野球の指導者へ
現役引退後の小島さんは、選手として培った経験を生かし、アマチュア野球の指導に携わるようになります。
2015年からは追手門学院大学硬式野球部の監督を務めました。
そして2019年には、チームを阪神大学野球リーグ1部へ復帰させるという実績を残しています。
元プロ野球選手としての経験だけではなく、大学野球の現場でチームを率いたことは、その後の高校野球指導にもつながる重要なキャリアとなりました。
高校野球の指導者としても活動
大学野球の指導を経て、小島さんは高校野球の現場にも活動の場を広げています。
浜松開誠館高校でコーチを務めた後、2024年1月には浜松修学舎高校野球部の監督に就任したと報じられました。
プロ野球選手、大学野球監督、高校野球指導者という経歴を持つ小島さん。
選手としての経験だけでなく、長年にわたる指導者としての経験を生かし、次世代の選手を育てる立場へと活動の軸を移しています。
小島弘務の指導者としての特徴は?
小島さんについて報じられた内容を見ると、単純に技術を教えるだけではなく、選手自身が考えて野球に取り組むことを重視していることがうかがえます。
現役時代にプロの厳しい環境を経験し、その後は大学野球でチームを率いた経験もあるため、選手としての成長だけでなく、チーム全体をどう強くするかという視点も持っていると考えられます。
特に、プロ入り前の苦難や現役生活、引退後の指導者経験までを振り返ると、小島さんのキャリアは「選手としての実績」だけでは語れない点が特徴です。
小島弘務の現在は?
小島弘務さんについて現在確認できる情報では、2024年1月から浜松修学舎高校野球部の監督を務めることになったと報じられています。
一方で、2026年8月現在の在任状況については、今回確認できた信頼性の高い公開情報だけでは十分に確認できませんでした。
そのため、「現在も監督を務めている」と断定するのではなく、**「2024年1月に浜松修学舎高校野球部監督に就任したことが確認されている」**とするのが正確です。
まとめ
小島弘務さんは、1990年のドラフトで中日ドラゴンズから1位指名を受けた元プロ野球投手です。
平安高校、駒澤大学、住友金属を経てプロ入りし、中日や千葉ロッテでプレーしました。
現役引退後は指導者へ転身し、追手門学院大学硬式野球部監督としてチームを阪神大学野球リーグ1部へ復帰させるなど、指導者としても実績を残しています。
その後は高校野球の指導にも携わり、2024年1月には浜松修学舎高校野球部監督に就任しました。
プロ野球選手としての経験だけでなく、大学・高校で次世代の選手を育てる立場へ進んだことが、小島弘務さんのキャリアを特徴づけています。